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最高裁判所第一小法廷 昭和52年(あ)2113号 決定 1979年4月13日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

(上告趣意に対する判断)

被告人四名の弁護人中垣清春及び被告人柴田正明の弁護人畠山成伸の各上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反及び量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

(職権による判断)

一原判決の支持する第一審判決認定の判示第一の事実(判示冒頭の事実を含む。)の要旨は、被告人柴田正明は山口組系暴力団柴田組の組長、被告人田中始は同組若者頭補佐、被告人齊本千昭、同橋本渉は同組組員であるが、昭和四五年九月二四日午後九時ころ、神戸市兵庫区福原町三五番地の一所在のスタンド「レツド」(経営者・被告人橋本渉)前路上において、兵庫警察署保安課巡査・石原克巳が同店の裏口から風俗営業に関する強硬な立入り調査をしたとして、同巡査に対し「店をつぶす気やろ」などと毒づき、さらに同町二七番地所在の兵庫警察署福原派出所前路上に押しかけ、途中から加わつた柴田組若者頭・脇山三喜夫(原審相被告人)、同組組員・前田満久(第一審相被告人)ともども同派出所に向かつて石原巡査の前記措置を大声でなじり、同九時三〇分ころ同町内の福原サウナセンター前路上に引き上げたが、気の治まらない被告人柴田が組員・井上彰(原審相被告人)に召集をかけるなどし、ここに、被告人柴田、同田中、同齊本、同橋本は、脇山、井上、前田とともに、順次、石原巡査に対し暴行ないし傷害を加える旨共謀し、同午後一〇時ころ、前記福原派出所前において、被告人柴田ら七名がこもごも石原巡査に対し挑戦的な罵声・怒声を浴びせ、これに応答した石原巡査の言動に激昂した井上が、未必の殺意をもつて所携のくり小刀(刃体の長さ約12.7センチメートル)で石原巡査の下腹部を一回突き刺し、よつて同午後一一時三〇分ころ、同巡査を下腹部刺創に基づく右総腸骨動脈等切損により失血死させて殺害した、というのである。

そして、第一審判決は、被告人柴田ら七名の右所為は刑法六〇条、一九九条に該当するが、井上を除くその余の被告人らは暴行ないし傷害の意思で共謀したものであるから、同法三八条二項により同法六〇条、二〇五条一項の罪の刑で処断する旨の法令の適用をし、原判決もこれを維持している。

二そこで、右法令適用の当否につき判断する。

殺人罪と傷害致死罪とは、殺意の有無という主観的な面に差異があるだけで、その余の犯罪構成要件要素はいずれも同一であるから、暴行・傷害を共謀した被告人柴田ら七名のうちの井上が前記福原派出所前で石原巡査に対し未必の故意をもつて殺人罪を犯した本件において、殺意のなかつた被告人柴田ら六名については、殺人罪の共同正犯と傷害致死罪の共同正犯の構成要件が重なり合う限度で軽い傷害致死罪の共同正犯が成立するものと解すべきである。すなわち、井上が殺人罪を犯したということは、被告人柴田ら六名にとつても暴行・傷害の共謀に起因して客観的には殺人罪の共同正犯にあたる事実が実現されたことにはなるが、そうであるからといつて、被告人柴田ら六名には殺人罪という重い罪の共同正犯の意思はなかつたのであるから、被告人柴田ら六名に殺人罪の共同正犯が成立するいわれはなく、もし犯罪としては重い殺人罪の共同正犯が成立し刑のみを暴行罪ないし傷害罪の結果的加重犯である傷害致死罪の共同正犯の刑で処断するにとどめるとするならば、それは誤りといわなければならない。

しかし、前記第一審判決の法令適用は、被告人柴田ら六名につき、刑法六〇条、一九九条に該当するとはいつているけれども、殺人罪の共同正犯の成立を認めているものではないから、第一審判決の法令適用を維持した原判決に誤りがあるということはできない(最高裁昭和二三年(れ)第一〇五号同年五月一日第二小法廷判決・刑集二巻五号四三五頁参照)。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(藤崎萬里 団藤重光 本山亨 戸田弘 中村治朗)

弁護人中垣清春、同柴田正明の上告趣意<省略>

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